マジすか学園2

福島第一原発事故関係URL
武田邦彦(中部大学)ホームページ
http://takedanet.com/
都健康安全研究センター
都内の環境放射線測定結果 測定場所:東京都新宿区百人町
http://ftp.jaist.ac.jp/pub/emergency/monitoring.tokyo-eiken.go.jp/monitoring/
ドイツ気象庁放射性物質拡散シミュレーション動画
http://www.dwd.de/wundk/spezial/Sonderbericht_loop.gif
同ホームページ(ブラウザの翻訳機能を使って読んでください)
http://www.dwd.de/
菅内閣の姿勢は「マジさ」が足りないというか、一般住民に対する放射性物質による被曝の放置が犯罪ものです。犯罪ものというより法を犯しているのだから犯罪そのものです。民主党内の政治的駆け引きをうんぬんする前に、さっさと即時退陣すべきです。その理由は上記、武田邦彦氏のホームページを見れば明らかです。

AKB48 マジすか学園 DVD-BOX(5枚組)

AKB48 マジすか学園 DVD-BOX(5枚組)

マジすか学園
 遅ればせながら僕もAKB48のファンになりました。というのは、テレビ東京で放送していた『マジすか学園』を見ていたからです。そういうわけで、まさに新参者乙なのですが、ドラマの魅力を説明する前にドラマ内で使われているAKB公式PVを紹介します。

マジスカロックンロール
http://www.youtube.com/user/AKB48#p/c/72C7672926C69324/11/Kc9cuqAjjhs
マジジョテッペンブルース
http://www.youtube.com/user/AKB48#p/c/72C7672926C69324/14/_fcAEkH09_M

 これで興味を持ったら、ぜひ、毎週金曜日24:12-24:53テレ東「マジすか学園2」(全12回)とCSファミリー劇場マジすか学園」第1シーズン一挙放送6/3・10・17・24(金)21:00〜23:00をご覧ください。この「マジすか学園」第1シーズンに関しては、23:30-24:05(再)BSジャパンでも放送中です。

ドラマ24マジすか学園2」:テレビ東京 公式サイト
http://www.tv-tokyo.co.jp/majisuka2/
マジすか学園」公式サイト
http://www.tv-tokyo.co.jp/majisuka/

 もうひとつ見逃せないのが、6月4日(土)深夜26:50-27:34(再)NHK総合「ドキュメンタリー オブAKB48〜1ミリ先の未来〜」で、今年1月に放送されてから再放送がなくて、ずっと待たれていたものです。岩井俊二監督によるAKBドキュメンタリー映画もあるのですが、これは別の物です。映画は待っていればTVなどで見れるのですが、NHKのドキュメンタリーは貴重なので、ぜひお見逃しなく。非常によくできた作品です。
 PVの解説をすると、僕の好きなのは2番目の「マジジョテッペンブルース」で、注目なのは個人的に一押しの峯岸みなみ演じる生徒会長(2では、元生徒会長・尺)が「マジジョロックンロール」で踊りまくるシーン、メインパートの途中で高橋みなみ演じるみなみが対立する2グループに割って入って歌うシーンだと思います。これは完全、アメリカの古典的ミュージカル映画『ウエスト・サイド・ストーリー』のオマージュで、見ていてわくわくしました。
 途中、2でのほぼ主役と言える渡辺麻友演じるネズミがフードをかぶったいつもの姿で現れたり、次期マジジョてっぺんを狙う松井珠理奈(SKE)演じるセンターが階段を上るシーンもあります。このPVは1がベースなのですが、2につながる人物も登場するところが、1から2への橋渡し的PVになっています。
 最初、アイドルが学芸会レベルの演技(このことはドラマの頭に自己言及されている)でヤンキーを演じること自体ナンセンスと思っていて、本放送の時は見ていませんでした。でも、このドラマのよくできている構造は、ファンからの人気がタイマンの実力のパラメーターになっている点です。そして、勝負に挑む姿勢は、現役アイドルである彼女たちが自ら体験していることだから、本物なんですよね。
 同時に、女子高生の喧嘩物といえば1998年にWOWOWで放映された三池崇史監督のWOWOWの美少女アクションドラマ『天然少女萬』(全3話)があります。このドラマで三池監督は「かわいい女子高生が渋谷で暴れまわるのって、面白いじゃないですか」と話していたのを思い出します。同時に主演した松田純の魅力もさるとことながら、共演の永井流奈がかわいくて、役萌えしたのを覚えています。つまり作品が優秀であればあるほど、役者本人よりも演じた役柄が独り歩きして、スーパー女子高生のイメージが女優にまとわりつくことがあります。僕自身もしばらく永井流奈の雑誌などを追っかけていました。
 同じことがこの「マジすか?学園」シリーズにもあって、みんな普段のAKBでのイメージとは違うのだけれど、役どころは実際のAKBを踏まえていて、どこかリアルさを感じさせるところがAKBのマルチメディア展開のうまさなのだと思います。特に、渡辺麻友演じるネズミの立ち位置が、彼女の芸達者ぶりもあって、非常に効果的なんですよね。つまり、喧嘩の実力がAKB総選挙という数字でリアルに表されるとしたら、戦略でそれをねじ伏せてトップに立とうとする人も表れるわけで、それを体現しているのがネズミという役柄になるわけです。彼女の怪演ぶりは、ドキドキハラハラさせっぱなしといった感じで、うまく作品に生かされています。
 その意味では、ほかのAKBメンバーも皆オリジナルの個性が生かされていてうまい演出と言えます。アイドルというものは他の人と違うカリスマやオーラを持っている人たちだから、それを増幅すれば喧嘩の強いヤンキーであっても、印象主義象徴主義的にはOKなんですよね。

AKB48
 上の2点にわたる説明で、ドラマ「マジすか学園」「同2」を見る準備はできたと思いますので、AKB48自体について触れたいと思います。

AKB48公式サイト
http://www.akb48.co.jp/

 このサイトを見ると、AKBの歴史や構成、メディア展開などがよくわかります。
 まず特筆すべきは、ユーチューブに公式PVを集めたサイトを持っていることです。現在のようにハイビジョン+ブルーレイが標準になった時代には、ネットでPVを流してもDVDの売り上げには関係しないのかもしれません。そのため、最新のものは注意深く除かれていますが、主なPVが見れるようになっています。また、二次動画や不正アップ動画もたくさんあって、判断は各著作権者にゆだねられているようですが、AKBの事務所に関しては比較的緩やかになっているように思えます。このへんは非常に現代的で、むしろ商品プロモーションに利用する姿勢が見られます。これはもうトレンドと言っていいように思えます。
 また、6月4日の映画版「もしドラ」の公開に合わせたプロモーションや6月9日の第3回AKB総選挙に向けてメディアが盛り上がっていることを反映して、メディアスケジュール欄もいっぱいで、これもサイトで紹介されています。
 AKBは劇場を構えたアイドルということで、抽選にしても入場料金をあげないという姿勢が貫かれています。これは若年層を対象としたレビュー形式の公演を考えれば、至極まっとうな姿勢だと言えます。そのため、「見逃した君たちへ」といった特別講演に関しては国内の各映画館での同時上映も行っています。先日地元の映画館で「恋愛禁止条例」を見る機会があったのですが、非常に盛り上がっていて、同じ都内で公演がリアルタイムで行われているにもかかわらず人が集まるのは、抽選漏れを意味していて、AKBの人気の程が知れます。
 ともかく、こうした入場料の低価格設定とは、メイドカフェが既存の風俗とのニッチを埋めるべく登場して、その場所を確保している現状によく似ているように思えます。そして、AKBが供給するエンターティンメントは、既存のメディアと比べても遜色のないものです。
 にわかファンからすれば、僕らは現在、彼女たちの完成形を見ているわけで、それは昨年のシングル売り上げの上位10位を、嵐とAKBが独占したことに表れています。
 そしてその将来を考える上で、名古屋や大阪、福岡への展開、そして札幌への展開は大きな意味を持っているように思えます。結局ブームに乗って劇場を作る。そして有望な新人がそこから誕生するわけで、実際に、名古屋SKEからは「マジすか学園2」にも出演している松井珠理奈、松井玲菜が人気を集めている。
 そして、ここが重要なのですが、かりにAKBの人気が衰えても、劇場が続く限り、それを支えるファンは継続するという点があります。ここは、これまでのアイドルとは大きく違う点です。これに全国展開という人海戦術を踏まえれば、日本のこれまでのアイドルの歴史に画期をもたらすものと言えるように思えます。

アイドルと劇場の結合
 僕がイギリスにいた頃、驚いたのは、子供たちのアイドルがマドンナやマイケル・ジャクソンだったことです。つまり彼らのアイドルはアーティスト寄りだった点に驚きました。これは1985年当時の話ですが、日本的アイドルは存在していなかった。
 アイドルとアーティストの違いに関して言えば、アーティストは肌の露出を避けるけど、日本的アイドルはそれを避けないという違いがあると言えます。
 それは、アニメ表現において、アメリカはディズニ―に代表されるように、清教徒的伝統を踏まえて、ヨーロッパの持つ陰惨さや性的要素を排除してきた。しかし日本の漫画やアニメにはそれが残っている点があげられると思います。これは森川 嘉一郎『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ 』(幻冬舎・2003、幻冬舎文庫化・2008)で指摘された視点です。

趣都の誕生 萌える都市アキハバラ

趣都の誕生 萌える都市アキハバラ

 ヨーロッパの持つ長い伝統が日本で復活したと言えるこの現象は、欧州と異なり独自の漫画文化を持つ日本で漫画・アニメとして発展した。その影響が、何でもありのアイドル文化に引き継がれているように思えます。劇場というスタイルも、レビュー文化という世界的に長い歴史があって、それが若年層に開かれているのが現代日本の特殊な現状だと思います。これらは非常に特殊な日本的状況と言えると思います。欧州や米国では、レビューはしょせん大人の遊びなのですから。
 こうした歴史的背景が日本独自のアイドル文化を支え発展させており、同時にAKBという独特の文化生みだしたように思えます。
 現在のメディアによく出るメンバーは非常に完成されていて、他に替えることのできない人たちのように思えます。しかしこれも、2005年7月からの長い歴史の成果です。まさに「ローマは一日にして成らず」なのですが、現在は「すべての道はローマに通ず」と言ったら大袈裟ですが、それに近い状況まで来ている感があります。それは、支え続けたファンの力だし、メンバーの頑張りと、プロデューサーの秋元氏のセンスと確信によるのだと思います。
 昨年の第2回総選挙投票用紙が封入されたのが『ポニーテールとシュシュ』であり、総選挙後に発売されたのが『ヘビーローティション』でした。今回の第3回は『エブリディカチューシャ』が投票用紙になっています。だから、『ヘビーローティション』PVの完成度を見るにつけ、総選挙後のシングルのPVが楽しみになります。

高橋みなみとノースリーブス
 最後に、NHKドキュメンタリーを見ると誰もが気付くと思うのですが、高橋みなみの存在は、ステージを見た誰をも魅了するものです。それは、彼女のAKBを引っ張っていく姿勢です。「AKBファンは最後はみんな高橋みなみのファンになる」という言葉は伊達じゃないんですね。そんなわけで、彼女に加えて峯岸みなみ小嶋陽菜が参加する派生ユニット、ノースリーブスも一押しです。6月にシングルも出るらしいので楽しみです。

原発問題

 今日の『パックインジャーナル』で印象深かったのは、3・11まで反原発を唱えると「お前は赤か」と言われた。しかし、これ以降、左右を問わない問題となり、まさに生存権の問題となった。TVも変わりつつある。これからは普通に反原発派の評論家が推進派と同じように登場してくるだろうという発言でした。
 反原発デモで日章旗を振っていた人がいた。こんな光景はこれまでありえなかったし、それこそが、原発問題がイデオロギーではなくもはや生存権の問題になりつつあることの証拠と言えるかもしれません。
 冒頭に掲げた武田氏のホームページを読めば、僕がここで再説する必要はないのですが、少しだけ書いてみたいと思います。
 現在の菅政権は狂気の政策を行っています。原子力安全に関する法規を全く無視して福島原発事故関連の政策を行い、通常ならば1年半の懲役になる犯罪を犯しているのが現在の内閣です。そして、それを新聞も、国会も取り上げない。だから、逆に市民はその罪に気づかないといった有様です。
 年間1ミリシーベルト(自然放射能を除く)を超える被曝の可能性あるエリアを立ち入り制限しなければならないというのその法律に書いてあることです。どうしても必要な人以外は立ち入りできないとする措置です。それは、人体にがんなどの影響が増えるからです。
 しかし文部科学省のしていることは児童をそれ以上のところである学校に通わせ、内閣の指導は市民に基準値以下とはいえ放射能汚染がある食料を食べさせ、水を飲ませるという政策でした。
 文部省が特に犯罪的なのは、放射性物質の汚染された校庭表土の引き取りを東電に強制しないという点です。放射性廃棄物の出所は、はっきりしている。福島第一原子力発電所です。だから汚染された物質はすべて福島第一発電所が引き取るのが理の当然です。
 そうした発想ができないのは、原発放射性廃棄物の最終処理場が決まっていないということに捕らわれた官僚的発想によるのでしょう。しかし、その結論が、低レベルとはいえ校庭の地下に放射性廃棄物保管所を作るといった、ありえない方針であるとしたら狂気の沙汰です。
 20キロの立ち入り禁止エリアが設定され、そのエリアの住民に損害賠償が支払われるのなら、福島第一原発こそ、放射性廃棄物の集積所に最もふさわしい場所です。そしてその汚染除染の責任は東電にあります。除染できないのなら、完全に放射性物質の危険性が無くなるまで管理するのが東電の責任です。
 成人以上に放射性物質から出る放射線に敏感な子供の過ごす場所の地下で、放射性廃棄物管理するなど言語道断です。もし教師や親がそれに同意するのなら、それは、将来の危険から目をそらし夢に生きることを意味します。夢は現実の発がんによって必ず打ち砕かれます。3年後、5年後にそれを先延ばしするなら、それは単なる逃げにすぎません。現実は必ず現れるからです。そして、そんな学校に将来も自分の子供を通わせたいと思う親はいるのでしょうか。否です。
 また、校庭の表土を直接地下に埋めるのも同様に危険な指導です。それは地下水への放射性物質の流出をもたらし、より汚染地域を広げることを意味するからです。
 こうした指導は、福島をより汚染されていない場所に戻す最後のチャンスを、みすみす逃すことです。こんな小学生でもわかる事実を、マスコミは誰も報道しようとしない。これこそエーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」と呼ぶべき事態なのだと思います。マインド・コントロールといってもいい。なぜなら、これこそ将来を予測することが怖すぎて、まともに考えるという重荷を誰も背負おうとしないという事態だからです。
 校庭だけでなく農業用地も同様です。梅雨前の表土の取り去り、東電の引き取りこそ唯一の解決策であり、農業の国・福島を回復するただ一つの方法です。
 そして、農産物と海産物の完全な放射能管理が為し得て初めて食の安全が保たれます。国内であれば政府基準以下の放射性物質に汚染された食物を被災地支援という名目で食べようとする奇特な市民もいるでしょう。しかし、海外からすれば、片方に放射性物質で汚染されていない食物があるのだから、あえて汚染された物を食べようとする方が例外となる。これは風評ではなく、現実の危険性だからです。
 品質管理が徹底していたからこそ、これまで日本の野菜や食物は海外でブランドを持つことができました。しかし、それを放棄したら、このブランドはぶち壊され輸出など夢のまた夢となる。それは、農業・漁業にとどまらず、そうした食材を使う国内の観光業にも影響する問題です。
 つまり、これらの問題に対する解決策は、食材に関する放射線管理を徹底的に行い、政府基準以下の食材であれば、その汚染程度をベクレル単位で明示するしか方法がないということです。放射性物質の汚染が加算的に評価されることを考えれば、これはおおげさな問題ではありません。このままでは海外で相手にされないというリアルな問題です。これを行うか、輸出を断念するかといった二つに一つの問題です。
 汚染された肉牛、乳牛の問題も同様です。今これらの牛を、全国各地に避難させその出身を隠そうとする動きがある。もしこれを行ったら、福島産の牛肉、原乳だけでなく、日本全体のこうした食物の品質が疑われる結果となる。つまり、外国の輸入基準に合わせることが、ひいては日本の消費者全体を守ることになることを忘れてはならないと思います。
 そして、最後に、原発事故保障の枠組みに関して書きたいと思います。政府案は新聞等で報道されるとおりです。そして不足分は利用者に対する電気料金の値上げでまかなうという方針だそうです。ふざけるなと言いたい。
 東電は保安院原子力安全委員会の監督のもとで原子力発電所を作った。もし、それが地震津波で壊れたら、その責任は建築に許可を与えたこうした政府委員会にあります。本来東電はこのことを主張していいはずです。しかし、東電はそれをしない。なぜなら、東電も政府系委員会も共犯関係にあるからだと思います。
 実態は、保安院・安全委員会は東電の報告を承認するだけであった。東電は甘い基準で、地震で必ず壊れ、地域的に送電網が壊滅する状況になれば、必ず爆発という事故を起こす原発を作り続けた。
 だから、政府から東電に出す条件は明白です。「東電の資産は保障する。その代わりに政府に対する批判はしないでくれ」という裏取引です。これがいままさに行なわれているのだと思います。
 この裏取引だけでも、明白な犯罪行為です。
 つまり、市民は電力料金の値上げや政府支援を承認する前にすることがあります。東電の送電網を他社に売却し、それを事故保障の資金とすることを要求すべきであるということです。これで完全に賄えるはずです。もしそれでも賄えないのなら、東電自体を政府もしくは他の民間会社に売却すべきです。そして保障すべきなのです。
 これには二重のメリットがあります。東電は送電網の独占管理を通じて、反原発につながる分散型発電をことごとく妨害してきた。原発のほうが利益を上げられるからです。その構造を破壊することにつながる。そして利益を得るのは、今度は東電ではなく、地域の中小企業、地域社会です。
 こうした手段があるにもかかわらず、国債という市民に負担を強いる手段で賠償しようとする菅内閣はまさに市民の敵というべきです。つまり、方針が変わらないのなら倒閣すべきです。
 原発政策全般に関して言えば、国内の原発は実際に現在ほとんどが止まっているのだから、即時全廃すべきです。代替電力元としては火力発電所を作ればいい。それで電力は賄えます。専門家もそう言っている。そして原発交付金を全てやめ、その原資で自然力エネルギーを開発・普及すればいい。
 こうした手段を取れないのは、既存の東電を中心とした電力独占企業と官僚・政治家の既得権益をただひたすら、福島の市民・児童の発がんによる死や日本の農業・漁業ブランド犠牲の上に守ろうとする、思考停止にあります。マスコミも東電の広告料金を守るためにこの思考停止に同調している。
 ここで提案なのですが、東電は独占企業なのだから広告を打つ必要はない。競争がないからです。広告予算はすべてカットし賠償に使うべきです。
 これらが実行された先には、新しい電力供給システムにもとづく安全で先進的で海外競争力のある自然力発電という日本の産業の未来があります。そして、もし実行されなければ、海外から見向きもされない三流国、四流国への転落が待っているだけです。
 実際、この間の政府の情報統制、ありえない政策のオンパレードは、チェルノブイリ原発事故当時の旧ソ連を彷彿させるものです。そしてチェルノブイリ原発事故の後、旧ソ連は解体した。日本の未来をどちらにするのかは、意識ある、そしてまともな判断力・倫理感のある有権者、識者の行動にかかっていると思います。

アリス・イン・ワンダーランド

福島第一原発事故関係URL
武田邦彦(中部大学)ホームページ
http://takedanet.com/
都健康安全研究センター
都内の環境放射線測定結果 測定場所:東京都新宿区百人町
http://ftp.jaist.ac.jp/pub/emergency/monitoring.tokyo-eiken.go.jp/monitoring/
ドイツ気象庁放射性物質拡散シミュレーション動画
http://www.dwd.de/wundk/spezial/Sonderbericht_loop.gif
同ホームページ(ブラウザの翻訳機能を使って読んでください)
http://www.dwd.de/

アリス・イン・ワンダーランド ブルーレイ+DVDセット [Blu-ray]

アリス・イン・ワンダーランド ブルーレイ+DVDセット [Blu-ray]

マッド・ハッター「俺のこと忘れるだろう」
アリス「忘れないわ。忘れられない」
ティム・バートン監督『アリス・イン・ワンダーランド』(http://disney-studio.jp/disney/special/alice/)から

 WOWOWで『アリス・イン・ワンダーランド』(米・2010)を見ました。相変わらずのティム・バートン節で、しかも最後がハッピーエンドなところは、彼のこれまでにない作品になっていたように思えます。甲冑を身につけた騎士姿のアリスの凛々しさ、マッド・ハッターの勝利の踊りなど、必見と言っていいと思います。
 ジョニー・ディップも出演映画をうまく選んでる気がします。ティム・バートンといい、ジョニー・ディップといいアメリカ商業映画の中で、きちんと自分の居場所を見つけている気がします。そして2人共才能があるし、その才能を出し惜しみしていないところが、日本の三池監督同様、素晴らしいところだと思います。非常に楽しめる映画でした。
 ティム・バートンといえば、『スィニートッド』や『コープスブライド』は見ていないのですが、その他の映画はその才能を出し惜しみせずによくできている作品を作っている監督ですが、『アリス』の出来は『シザーハンズ』に匹敵するし、最後がハッピーエンドであるぶんだけ、『シザーハンズ』をしのぐかもしれないと思いました。
 ジョニー・ディップは押しも押されぬ最後のハリウッドスターといった感じですが、スターといった時最初に彼の名前が上がるところが、現代といった時代の反映なのかもしれません。彼はいわば色ものなんですよね。でも、その魅力は他のメジャー俳優をしのぐ。その理由は、彼のようなスターを時代が求めている所為なのだと思います。『Dr.パルナッソスの鏡』での好演も目立っていました。『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズでの活躍は言わずもがなでしょう。トップスターであり、なおかつ性格派俳優であるところが、彼のいいところだと思います。
 レオナルド・ディカプリオ主演『シャッター・アイランド』でも感じたのですが、最近の映画、特にお金をかけたアメリカ映画のエディティング、色彩感覚、構図の美しさはこの『アリス・イン・ワンダーランド』でも、目立ったところでした。3D用に作られたためにそれを意識した構図は2Dでみた時も感じたのものです。
 しかし、ジェームズボンドシリーズ最新作が映像的にとんがっていたためにストーリーの説明にいささか難があった点を考えると、『アリス』はオーソドックスにギリギリのところでわかりやすくストーリーを語っていた点も好感が持てました。『アリス』はディズニーの映画であり、『シャッター・アイランド』はミステリーである点にその理由が求められるのだと思います。こうした映像の冒険はNHK大河『龍馬伝』での様々なシーンでもみられたもので、トレンドというか現代映画のベーシックなものとして根付きつつあるのかもしれません。まさに映画は総合芸術なのだから、様々な分野での実験的取り組みは、それが成功すれば、作品全体の質の底上げにつながるように思えます。
 僕らが映画を見るときの基準点はこのように底上げされてきている。日本映画もただ映画をとればいいといった安直な作品は淘汰されていくものと思います。

ある菅政権擁護論者との議論

ある論争
 修了式に向かう中、もう1つ考えていたのは、ある友人とのミクシィのボイスでの議論でした。
 彼は、菅退陣反対、特に小沢氏による倒閣運動に反対する立場です。彼の発言は、途中で「釣り」であると自ら公言したので、議論を打ち切りました。「釣り」なら続ける意味はないからです。
 しかし、彼のように考える人は多いのだろうと思うので、ここで改めてこの議論に言及してみたいと思います。
 その友人の日記には以下のようなことが書いてあります。
 都会と田舎の対立といった内容です。こうした議論は、特に小泉改革の頃言われていたのもです。つまり、田舎の箱モノのために都会の人間は税金を取られ、無駄に使われてきた。これは震災復興に関しても同様である。
 つまり、これを僕らが行なった論争の文脈に沿って解説すると、彼の議論の中では、土建屋の代表格である小沢の復権は箱モノ行政の復活であり、断固阻止すべきものである、ということになります。
 彼は小沢氏の政治的力量も評価していません。菅より劣ると考えています。

論争の背景の解説
 小泉時代はすごかったわけです。都市住民の、こうした小泉以前の自公政権時代の箱モノ行政批判が、もっと先鋭化し「田舎に財政的援助は必要はない。田舎の生活がいやなら都会に出てくればいい」といった議論にまで進みました。ところが小泉政権では、それだけでも暴論なのに、都会の住民に対しては「中国など周辺アジア諸国の追い上げがあるのだから、都会の労働者も、もっと低賃金を我慢しなければならない、もっと合理化(これは体制的合理化と言った方が正確です)しなければならない」という方向にまで進みました。
 また、北朝鮮・中国の脅威があるから日本は米軍基地の負担をこれからも負わなければならないという議論も、続く安倍政権時代に強調された考え方です。
 これらの動きを受けて、2009年に民主党はマニュフェストに「コンクリートから人へ」という有名なスローガンを掲げ、体制的合理化ではなく「生活が一番」と主張しました。
 米軍基地に関しては「対等な日米関係」が謳われ、基地負担の軽減が主張されました。
 その背景には、日中の緊密な経済関係を反映した、外交政策における日米中二等辺三角形論がありました。これは、日本を頂点として、底辺にある米中という両極との距離を等しくしようという考えです。これは国際的な関係を図式化して示したものなので、図における上下は関係ありません。その具体的な形として、鳩山の「東アジア共同体」論がありました。
 ほかにも天下りに代表される産官癒着構造の解決策としての天下り禁止、政治主導といった主張もあったし、自公政権末期に行われた、マスコミによる反民主党キャンペーンに対抗するために、政官財と報道との癒着を解決しようとする、TV・新聞社間の株式持ち合いに対する規制、TV局のその利益に対して不当に安い電波使用料を改めるための電波帯域使用料のオークション制の導入といった政策もありました。これは多様な報道を確保し、それによって有権者が選択肢を確保し、結果的に社会が利益を得るという民主主義国家にとって当然の政策です。
 これら3点は先進国によって既に導入されている制度です。
 先にあげた「コンクリートから人へ」に関して言うと、日本が公共事業にかけてきた膨大な費用は、米国がこれまで国防費にかけてきた費用に匹敵し、もし、日本が公共事業をしていなければ世界支配すら可能であったという事実を反映してのことです。
 もちろんどちらがいいかといえば公共事業の方がいいし、そうした公共事業が国内インフラを支え、経済成長をもたらしたことも事実です。だから単純に比較することはできません。
 しかし、こうした公共事業への支出は無駄が多かった。特に、建設業者への天下りが膨大な数にのぼり、その無駄を助長してきた。だから「コンクリートから人へ」といった政策が生まれてきたのでした。
 対米従属関係からの脱却は、すでにNATO諸国が、自国内の米軍基地に関する管理権を取り戻していることなどを考えれば、この政策は当然の帰結です。すでにヨーロッパで実現している制度です。
 そして、もう一つ重要なのは、鳩山末期と続く菅政権ですら踏襲した「米軍基地は日本の防衛に寄与している」という考えは虚偽であるということを、2009民主党マニュフェストが謳っていたことでした。
 なぜなら、日本の領空を侵犯する飛行機の飛来に対してスクランブルをかけるのは米国軍ではなく、日本の航空自衛隊であるという事実、そして、島嶼防衛に関する責任は一義的に日本国にあるという米国との協定がある事実からそう言えるのでした。
 具体的に言えば、尖閣諸島がもし他国に侵略された時、米国は中立を保つ。そして、その奪回は自衛隊の責任であるという公式文書に記された日米の役割分担があるからです。
 その意味で、米国議会内に強力なロビーストを持つ、イスラエルと比較すると、米国の日本に対する地位は遥かに低いわけです。
 かたや在日米軍基地がやっていたこととは、イラクやアフガンへの出兵だけでした。そこから小沢氏による「日本の必要とする米軍力は第七艦隊だけ」という発言となり、それは非常に説得力ある話だったのです。
 これらの意味で「コンクリートから人へ」という箱モノ行政の否定も、対米従属からの脱却も至極当然な政策でした。

論争自体
 友人は最初に書いた考えに基づき、もし小沢に有効な政策があるのなら、なぜ菅民主党にそれを訴えないのかと疑問を持ちます。
 しかし、菅政権の全期間を通して菅=仙谷が行ってきたのは、小沢排除といった陰謀でした。それは、自公政権時代の、民主党攻撃としての検察を使った小沢攻撃と鳩山時代の検察を敵に回したくないといった検察保護、そして菅=仙谷、菅=岡田時代の再び小沢の影響力を排除するための権力闘争としての検察の利用として実際に表れました。それは、かたや小沢の民主党籍はく奪につながり、もう一方では、小沢排除の立役者であった前田検事の調書ねつ造の容疑での逮捕・有罪判決につながります。
 件の小沢氏に対する嫌疑とは、検察が立証不可能として起訴を取りやめ、同じ検察によって指導された不透明な検察審査会が強制起訴したものです。マスメディアは「小沢あやしい」の一大キャンペーンを張りました。しかしその起訴内容を厳密に検討すれば、言いがかりとしか言えないものです。しかし「起訴は起訴」ということで、党内ナンバー2である小沢氏の影響力を排除したい仙谷=菅は、この点で自民党公明党と利益を共有するがため、小沢氏の民主党からの排除を行った。そしてマスコミは味方です。だから、彼らはやすやすとこの行動を実行できた。
 友人のように『日刊ゲンダイ』を三流紙ととらえ、マスコミの考えをうのみにする人々にとっても、正義は仙谷=菅にあります。こうしたマスコミのキャンペーンは、震災以降もたびたび登場します(これにつては後述)。
 しかし、利害関係関係から考えれば、マスコミのこうした行動は、逆に至極わかりやすくなります。小沢派の主張するマスコミ規制故に、マスコミは小沢を排除したい。そして、福島原発関係に関していえば、東電からの莫大な広告料を今後も維持したいし、政府との良好な関係も維持したいが故に、原発事故の影響を過小に評価する。こうした視点は、「マスコミ=正義、夕刊紙・スポーツ紙=三流紙」と考える人たちには思いも及ばないことなのだと思います。
 そして、福島県や周辺諸県と比べて、比較的放射性物質に対して安全な東京に住む高級サラリーマンなどは、自らの地位に安住して、福島県などにおける放射性物質被害とその将来にわたる影響を軽く見たがる。それゆえ、同様の立場をとる菅首相の評価は甘くなる。菅首相の責任を重大なものと考え、即時もしくはできるだけ早い退陣を求める『日刊ゲンダイ』の読者とは、するどい政治に対する意見の対立を生み出すことになります。
 枝野官房長官の評価に関しても『日刊ゲンダイ』読者は、国旗に頭を下げても国民には絶対に頭を下げない姿勢や、菅首相が機能していない以上、各省の調節という本来の官房長官の職責を果たさずTVに出ずっぱりの姿勢を批判するけれど、マスコミしか見ない人々は、枝野官房長官の態度を立派だとする正反対の評価になります。
 友人の議論で、地政学を持ち出して、竹島領有権や尖閣諸島の外国からの軍事侵攻を懸念する話まで出ました。議論は中断しているので、ここでそれらに関する僕の考えを書いてみようと思います。
 しかし、震災・福島原発事故の議論で竹島尖閣諸島の議論が出るのは非常に興味深い現象です。なぜなら、僕はかつて「東京の住民の利益のために沖縄を犠牲にするな」と主張したし、現在は「東京の住民の利益のために福島を犠牲にするな」と主張しているからです。上に書いた「虚偽」とも関連しますが、尖閣を守るために米軍が必要だ。そしてそのためには沖縄住民は不利益を我慢すべきだという議論と、箱モノのよる税負担を恐れるがために福島の人間が放射線被害で死んでも、農産物が買われなくても仕方ないという議論は、非常に似かよっているからです。もちろん僕はこの両方に反対です。
 まず、竹島は韓国によって実効支配されている。それは日本が尖閣諸島を実効支配していることやロシアが北方領土を実効支配していることと同様の状態です。
 北方領土に関しては、小学生みたいに「返せ、返せ」と言っていただけで戻ってくると考えるのは、それこそ小学生レベルとの議論です。こうした行動が生み出すのは嫌ロシア感情であり、それが生み出すのは、やはり後ろ盾になってくれるアメリカ様には逆らえないという奴隷根性です。外交政策とは、そうしたレベルの低いものではない。しかし、事態を小学生レベルにとどめることによって、アメリカへの従属を求める人々は、確実に利益を得る。自民党町村などは、国会質問で、アメリカ抜きの日本はないと、奴隷根性を明言しています。奴隷根性というか、アメリカへの絶対服従を明言して、自民党の政権復帰を果たそうとしているのでしょう。この発言をみると、主権者たる国民はどこに行ったのかといった具合です。ですから、有権者はこうした議論にだまされてはいけないという結論になります。
 竹島は日本領土であるという議論があります。僕はそれは怪しいと思っている。こう明確に言い切る歴史背景・事実はないのではないかと思っています。
 ここに韓国が軍事基地を作るということを友人は「知政学」を利用して、懸念するわけですが、もし竹島を日本領として確保したいと思うのなら、それこそ外交交渉によるしかない。僕は国際司法裁判所で決着をつけて、国境線を画定した方が、勝っても負けても、得られる利益は大きいと思います。
 そして、尖閣諸島ですが、ここは歴史的に見て日本領でいいと思います。そして日本は実効支配している。最初の国境紛争は台湾との間のものでした。そして現在は油田利権が出現し、中国が急に領有権を主張し始めた。
 この件に関して、一見科学的な「地政学」を持ち出すのは、科学的に見えて非科学的な態度です。なぜなら状況は地政学だけでなく、経済関係との関連でみるべきだからです。現在のように日中経済が緊密化している状態での軍事進攻はありえない。もしあるとしたら、中国の軍事侵攻に対する日本国民の反発、そして中国からの日本企業の撤退、最後に来るのは、その間隙を埋める米国企業の中国進出であると思います。
 現在の民主党執行部は、その意味でも、対米従属をあらわにした対応をしています。枝野の「中国進出企業に対し日本政府は何かあった時、援助しない」と言った発言がその好例です。
 ともかく我々としては、こうした対米従属派、つまり、政権維持のためなら、日本の将来の利益は無視できると考える人々とは、別の発想に立つ必要があります。
 つまり、尖閣諸島の問題は、現在日本が実効支配しているのだから、これ以上中国を刺激する必要はない。もし根本的な解決を求めるのなら国際司法裁判所で決着をつける方がメリットがあるという考えです。
 実際、国際司法裁判所は両当事国の同意がなければ裁判に入れません。それゆえ、現在のように中国がその提訴を拒否する状態では、その拒否自体を外交カードとして日本政府は有利に利用できる立場にある。その意味で日本は外交的優位に立っているわけです。
 中国漁船の侵犯行為以来注目されている尖閣諸島地域ですが、仙谷はこの漁船船長の逮捕・起訴の結果に関して中国政府を甘く見た。そして、釈放責任を検察に押し付けるという無様な外交的失策を演じた。これらのリアクションとして、ロシア大統領の「北方領土は返さなくていいかも」という判断を導いた。これらは、地政学というよりも、菅政権の外交的失策・弱体化と見るべきです。事実、仙谷は尖閣事件対応の責任をとって官房長官の職を辞することになった。震災にまぎれて、こそくにも副官房長官に復帰したというおそまつな事実があったとしてもです。
 だから、僕の言いたいことは、菅首相を罷免して、外交をまともに行う能力のある政治家に替えることが何よりも肝要であるということになります。その具体的な名前は、小沢一郎だと思います。そして小沢派の民主党議員でしょう。

論争に関する反論
 東日本大震災に関しては。震災自体と福島第一原発事故の2つに分けるのが議論の整理に役立ちます。
 ここに原発事故対策に対してマスコミが正しいのか『日刊ゲンダイ』という「三流紙」が正しいのかを見極めるいいサンプルがあります。

2009年4月21日朝日新聞夕刊「東日本大新の衝撃 専門家に聞く」
「偏見排し長期ケアを■被曝」広島大学放射線医科学研究所長 神谷研二(かみやけんじ)さんインタビュー(聞き手・大岩ゆり)
 ……福島第一原発の事故は想定外だった。……
 しかし、わずかな被曝で健康に被害がでるわけではない。国際放射線防護委員会は、100ミリシーベルトに達しない被曝では、臨床的に意味のある健康被害はないとしている。現状では、周辺住民のがんが増えるリスクはない。
 がんによる死亡率は年100ミリシーベルト被曝すると0.5%増えるとされる。日本人は100人のうち約30人ががんで死ぬ。つまり、100ミリシーベルトの被曝で約30.5人に増えるリスクがあるということだ。

2009年4月22日『日刊ゲンダイ』5面「空き菅 福島小中学生見殺し」(前日発売)
「菅は福島の小中学生を殺すのか75.9%の学校が被曝量オーバーなのに放置のア然 直ちに集団疎開のレベル」
 福島県が小中学校など教育現場を対象に実施した放射線量調査で「驚愕(きょうがく)」の結果が出た。7割余りで、平常時なら立ち入りを制限される放射線量が観測されたのだ。国は勝手に基準を変更して「大丈夫」とか言っているが、地元住民は不安を通り越してカンカンだ。
 放射線の許容量は法令(労働安全衛生法に基づく電離放射線障害防止規則など)で定められている。不必要な被曝を防ぐために立ち入りを制限された区域を「管理区域」といい、毎時0・6〜2・2マイクロシーベルトが基準だ。この区域内では、放射線を扱う専門従事者一人一人が被曝量を管理するための「個別被曝管理」を義務付けられている。
 さて、福島県は5〜7日に県内1637の小中学校や幼稚園で大気中の放射線量のモニタリング調査を実施した。そうしたら、1242施設で、「管理区域」に相当する放射線が観測されたのである。実に全休の75.9%だ。福島市在住で、「原発震災復興・福島会議」の世話人、中手聖一氏はこう言う。
 「『管理区域』は本来、一般公衆の被曝防止の基準であって、放射線の感受性が高い子どもたちの場合はより厳しい基準で保護する必要があります。国際放射線防護委員会(ICRP)も、18歳までの生徒に対する放射線防護の考え方として『一般公衆の10分の1以下にすべき』と勧告している。少なくとも0.6マイクロシー・ベルト以上になった学校は授業を中止し、仮に再開が難しい場合は学童疎開などを進めるべきです」
 中手氏らはすでに、授業中止などを求める「進言書」を県内市町村長に郵送。近く県にも申し入れる方針だが、驚くのは国の対応だ。
 文科省はICRPの基準(年間20ミリシーベルト)を目安に、小中学校の屋外活動制限の基準値を毎時3.8マイクロシーベルトに設定。原子力安全委員会もこれを追認し、だから福島の子どもたちも「大丈夫」と言うのである。
 「今まで何ら基準が示されず、やっと出てきたと思ったら毎時3.8マイクロシーベルトです。しかも、この数値を超えたら直ちに除染作業するのかと尋ねると『待ってくれ』と言う。とんでもない話です」(中手氏)
 ちなみに東京では毎時0.1マイクロシーベルト以下だ。それでも雨が降るとイヤな気がする。
 国は復興会議だ、震災復興税だ、と騒ぐ前に真っ先にやることがあるはずだ。

 興味深い対比なので、『日刊ゲンダイ』は記事全文を引用しました。
 先日の東日本大震災でも、教室にいた教官が真っ先に逃げ出して、それからずっと学生に揶揄されるということがありました。僕なんかはおっさんの学生なので、先生も人間だからそんなこともあるよなぐらいに考えていたのですが、教務主任の意見は、学生が大人であろうと何であろうと、教壇に立った教師は最後まで学生を守らなければならないという意見でした。
 それはその通りなのです。地震に慣れていない留学生を心配させまいと、校長先生はあの大揺れの古いビルの中で、校内放送を使って、落ち着いた声で、しかもわかりやすく「大丈夫ですから、窓から離れて、机の下に入ってください」と伝えていたからです。信じられない勇気です。校長は厳しい人なので、僕などは内心怖がっていたのですが、評価がひっくり返りました。
 僕が冒頭にいつも引用している武田邦彦氏などは、原子力災害の専門家として、今政府が何をすべきなのかを明確に発信しています。しかし、政府は福島第一原発事故直後も誤った判断をして、事故を拡大させた。そして現在も、誤った判断をしつづけて、危険な農産物や海産物を出荷しつづけている。それを情報を持たない消費者が避けても、決して風評とは呼べません。なぜなら、現実にある危険だからです。
 だから、東北の農家の悲劇は政府によって生み出されたものです。同時に、住民、特に子供が危険にさらされ、しかもそれが政府の指示だとしたら、どうしてそうした政府を支持できるのでしょうか?
 僕の友人は言うでしょう。武田某といった三流学者の風説を信じることは、風評被害の一種であり、今は政府の言うことを信じればいいのだ。箱モノを作って我々東京の住民が増税の被害を受けるより、何人か3年後、5年後に放射性被害で発がんし、ひよっとして死んでもいいのだと。
 まさに信じる者は救われるといった塩梅です。そして、私が一番嫌いなのは、権力のもとに庇護されながら、ラディカルを気取る連中です。
 危険があるという主張があるのなら、なぜそれに対して万全な対策をとらないのか。今そうした対策を取れば将来の被害は最小限に抑えられるのに、なぜ放置するのかという怒りがあります。それに関する具体的方法は、武田氏のホームページにすでに書かれているのです。
 さて、『朝日新聞』というマスコミと『日刊ゲンダイ』という友人の言う「三流紙」の比較です。
 「がんによる死亡率は100ミリシーベルト被曝すると0.5%増えるとされる。日本人は100人のうち約30人ががんで死ぬ。つまり、100ミリシーベルトの被曝で約30.5人に増えるリスクがあるということだ。」という言葉に注目してください。100人なら0.5人です。1000人なら5人です。10000人なら50人です。十万人なら五百人、百万人なら五千人です。これは無視できる数値なのでしょうか。死ぬ人間の数ですよね。
 「国際放射線防護委員会は、100ミリシーベルトに達しない被曝では、臨床的に意味のある健康被害はないとしている。現状では、周辺住民のがんが増えるリスクはない。」とも言っています。なんか、これだけ聞くと安全そうですよね。
 でも、これまでの日本の基準は年間1ミリシーベルトでした。それ以上だと発がん率が増えるというリスクがあるから決められた数値です。これを簡単に動かしていいのかという問題があります。しかも、成人と比べて子供や妊婦はより被害が出ることは定説です。武田氏は、大気、グランドに蓄積された放射性物質の土煙、水、食料といったすべてのものの放射性物質を合計した数値を外部からと内部からの被曝として計算しています。そして、おおむねの数値として、大気中の一時間1.1マイクロシーベルトを避難基準としてます。子供や妊婦はもっと低い値です。詳しくは上に掲げた武田氏のホームページを参照してください。
 ともかく東京に住む人間が、福島のことは知らん、俺に関係するのは箱モノだけだと考えて、何も手を打たない菅政権を擁護するとしたら、それは無知では済まされない問題になるのだと思います。
 逆に僕は、事ここに至ったら、いち早く菅を退陣に追い込み、事態に責任を持てる政治家に変えるべきであると考えます。適任は昨年の党代表選挙で第2位だった小沢であろうと考えます。小沢氏は東北の岩手県選出だから、より適任だといえます。
 友人は、都会と田舎との対立として、箱モノ、箱モノと言いますが、震災対策は箱モノではありません。船を失った人に船を、仕事を失った人に震災復興という仕事を、工場を失った人に工場を取り戻させる資金です。家を失った人には家を取り戻すことです。それは今後、増大するであろう被災者の生活費給付を最小限にする政策でもあります。
 話を原発事故に戻すと、菅を退陣させなければ、3年後、5年後にがんによる小児の死亡者や成人の死者が増え、福島原発事故が原因と考えられますとニュースでアナウンスされる事態になることは確実です。これは科学的議論ですから。その時、「いやー、私はそれでも箱ものがいやだったんです」と語ることになるからです。本当にそれでいいのだろうか? 「自分が死ぬんじゃないからいいや」と言いきれる人ならいいのです。
 でも、僕には、そんな判断はできません。もし、この長文を最後まで読んでくれた人がいたとしたら、ぜひ、このことを考えてほしいと思います。

職業訓練終了

福島第一原発事故関係URL原発事故が終息していないので、日記の内容に関わらず、しばらくこのURL掲載は続けます)
武田邦彦(中部大学)ホームページ
http://takedanet.com/
都健康安全研究センター
都内の環境放射線測定結果 測定場所:東京都新宿区百人町
http://ftp.jaist.ac.jp/pub/emergency/monitoring.tokyo-eiken.go.jp/monitoring/
ドイツ気象庁放射性物質拡散シミュレーション動画
http://www.dwd.de/wundk/spezial/Sonderbericht_loop.gif
同ホームページ(ブラウザの翻訳機能を使って読んでください)
http://www.dwd.de/
*東電への原発抗議デモに参加しよう。
民主党に菅即時退陣と小沢代表選出を求めるメールを出そう。

 昨日は修了式があり修了書授与式の後、昼食会があって、謝恩会になだれ込みました。
 この講座には、教育・事務スタッフ一人一人の善意があり、それによって内容の水準が保たれていたのだと思います。また、クラスメート一人一人の善意や温かい気持ちがあったから、自分自身がここまでこれた気がしています。
 なんか、舞台の学校関係者を見るうちに、5か月間身近だった学校が急に遠くに行ってしまうような感慨に急に襲われて、泣けてきました。でも、ここまでしてもらったのに、もっと求めようとするのは、教育陣に対して申し訳ない気持ちもしました。事務的に済ますこともできたにもかかわらず、それ以上の内容の5か月間でした。後は自分の責任なんだなと思いました。
 そんな修了式に向かう電車の中、自分の頭の中を占めていたのは、日本語講師としてはたして今後やっていけるのかという、その職責の重さについてでした。どんな教育でも教育に携わるということは学生の勉強に責任を持つことだし、それはある期間の彼ら、彼女らの人生に責任を持つということです。だから、それは、すごく重いことです。
 でも、こうも思いました。5か月前、勉強を始めた時と比べれば、僕らは様々なことを教わり、研究してきた。それも同時に事実である。だとしたら、それを生かすことは、日本語講師養成科を受けた受講生の義務であると。その意味で、この知識を生かさないこともまた、ある意味で罪なのだろうと思いました。
 そして、結局、「何事もチャレンジしなければ始まらない」という、教育スタッフの言葉どおりなのだろうと思います。

3.11以後の政治アクターとその政治力学的近未来予想

福島第一原発事故関係URL原発事故が終息していないので、日記の内容に関わらず、しばらくこのURL掲載は続けます。)
武田邦彦(中部大学)ホームページ
http://takedanet.com/
都健康安全研究センター
都内の環境放射線測定結果 測定場所:東京都新宿区百人町
http://ftp.jaist.ac.jp/pub/emergency/monitoring.tokyo-eiken.go.jp/monitoring/
東京都ホームページ
http://www.metro.tokyo.jp/
ドイツ気象庁放射性物質拡散シミュレーション動画
http://www.dwd.de/wundk/spezial/Sonderbericht_loop.gif
同ホームページ(ブラウザの翻訳機能を使って読んでください)
http://www.dwd.de/
フランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)のシミュレーション動画
日本周辺での拡散
http://www.irsn.fr/FR/popup/Pages/animation_dispersion_rejets_17mars.aspx
世界への拡散
http://www.irsn.fr/FR/popup/Pages/irsn-meteo-france_19mars.aspx
まったくやる気が感じられない日本気象庁のページ(IAEAにやらされてる感ありありの、見ずらい放射性物質拡散に関する報告書)誰に向かって書いてんだ、アホ!
http://www.jma.go.jp/jma/kokusai/kokusai_eer.html
*東電への原発抗議デモに参加しよう。
民主党に菅即時退陣と小沢代表選出を求めるメールを出そう。

パックインジャーナル』の結論に対する違和感
 昨日のCSアサヒニュースターの『パックインジャーナル』を見ていて、今週の結論に僕は腰を抜かしそうになるぐらい驚きました。
 話題は、震災や原発事故をめぐる菅首相の動きについてです。
 コメンテイターは、菅首相の震災以後の対応にさんざん疑問を投げかけたのち、全く逆に、菅を引きずり降ろそうとする自民党民主党内小沢派、鳩山派の政局の動きを批判しました。つまり、「この危機にあって、政局で騒ぐとは何事か!」という批判です。
 そして「周りは菅を支えるべし」という結論が出されました。司会の愛川欣也は、この結論に対して、どちらを支持するでもなく、最後まで沈黙したままでした。
 しかし、コメンティターである彼らも、菅首相を周りで支えて、このまま菅政権が続く先にある政治的現実については、最後まで語りませんでした。
 ここに、僕は、日本の有権者とマスコミの間にある大きな温度差を感じたのでした。
 今も毎日大勢の人間が二次災害で死んでいる。津波地震という一次災害と比べ、避難の遅れ、避難民救済の不手際による死者という二次災害は、あきらかに自治体および中央政府の責任に帰される人為的な死であり損害です。当然、自治体首長や内閣総理大臣はその責任を負う。
 人が死ねば、その対策に責任を持つ人間が負う罪は、業務上過失致死罪です。その有責性は、そうした死を避けられたか否かという客観的な法判断によります。これは法廷などで取られる法的考え方です。そして、これまでの災害において、それを引き起こした企業の責任者は、裁判をへてこのように処罰されてきました。東海村JOC臨界事故が典型例です。
 『パックインジャーナル』における前半の菅首相に対する批判とは、こうした理論によるものでした。しかし、後半の議論は、そうした責任をすっ飛ばして、緊急時なのだから、みんなで集まって知恵を絞れという、緊急避難的な超法措置を論じたように見えます。
 しかし、超法規的措置を論じるにしても、その結果もたらされる未来に対して、それを論じた論者は責任を免れることはできません。私は、ここで、そうした客観情勢の諸要因を考えてみたいと思います。

 論点は明白です。菅首相を周りで支えた場合と、菅首相を引きづりおろし新しい首相を据えた場合、どちらが現在から近未来における被災者と日本に住む住民の利益になるかです。
 私が感じた違和感とは、後者が正しいのではないかという、冒頭に引用した番組の結論に対する疑問から来ています。

都知事選挙
 先日の都議選の結果を見るまでもなく、予測は常に外れる可能性があります。しかしながら、石原が都知事なった場合と東国原が都知事になった場合における、今後4年間の東京の未来の違いは、ある程度予測できるものです。
 ですから、そこから得られる結論とは、先日の日記に書いたとおり、東国原を自公に対する反石原の候補として、すべての反石原の都民は選択すべきであったという事実がもたらされます。
 得票数を見れば、それは明白だった。都民の過半数は反石原に票を投じたのですから。それは今も変わらない事実です。

菅退陣に関する有権者の意思
 違和感に関するもうひとつの視点は、有権者は菅ではダメなのではないかと思っているという僕の印象です。そして、緊急に内閣入りした仙谷でもダメだろうという判断があるという僕の印象です。
 そして、そこには、枝野、岡田、野田、海江田といった、この2人の周辺にいる政治家に関しても、同様の判断があるように思われます。
 これは私の印象ですが、そうした焦燥感が、先日の首相記者会見における、ある記者の質問に表れているように思います。
 「自民党民主党内からも意見が出ているように、菅首相、あなた自身が、復興の最大の障害になっていると私は考えますが、あなたは出処進退を考えないのですか。」というのが、その記者の質問でした。
 これに対して菅首相はイライラしながら「私は、○○さん、あなたと考え方が違います。」と応えました。
 大手マスコミはこの質疑を全く取り上げませんでしたが、これが実は日本に住む大部分の住民の意思のように、私には思えました。

統一地方選結果
 統一地方地方選挙で民主党は大敗しました。でも僕自身は、負け方が少ないのではと思いました。それは、今回の福島原発事故の原因が、原発推進の立場をとった菅内閣の責任のみならず、これまでの原発行政を支えてきた自民党によるものでもあること、そして、いま再び自民党に政権を戻しても、今以上に生活は楽になるわけでもないという有権者の判断によるものと僕は考えました。
 有権者は今、このように大きなジレンマの中にいます。僕の以下の分析が、少しでもそのジレンマを解く一助になれば幸いです。

3.11以後の政治力学
 まず現在も300人になろうとする二次災害での死者が出ています。過去の大規模地震災害と比べて、被災民には現在に至るまで一円も払われていないし、仮設住宅の建設ペースも遅れに遅れています。二次災害に対する死者はこうした状況で生み出されているものです。
 政府はパニックを恐れるあまり、情報を小出しにし、外国からはその対応は非常識であるという烙印を押され、国内には風評被害をもたらしています。しかし、風評と簡単に言うけれど、危険があるのにそれに近づくのは、むしろ非常識です。問題なのは正確な情報をパニックを恐れて出さない政府の姿勢であることが導かれ、この点で、海外の反応と同じ結論になります。
 これが前提です。
 現在の国内政治におけるキーパーソンは、清水東電社長、菅内閣総理大臣、仙谷などの周辺政治家があげられるでしょう。
 清水東電社長は、いずれ業務上過失致死などの罪で立件されるはずです。それは、1999年の東海村JOCによる臨界事故の訴訟過程を見ると、十分予測できるものです。
 そして、このJOC事故の損害賠償額を単純比較した場合、今回東電が負う損害賠償額は24兆円に上り、当然、東電は支払いができない。結果、国営化される。
 つまり、東電清水社長の逮捕と、東電の国有化は不可避となる。
 以前の日記「原子力帝国」の項目で書いたように、菅首相はまずこの福島原子力発電所の事故の終息に全力を注ぐ。そして、終息したのちは、日本には原子力発電が必要であるという立場を堅持し、清水社長逮捕と東電国有化をへて、税金での賠償金支払いを目指す。これが五百旗頭のいう「復興税」の実態であり、菅の言う「消費税増税の時限立法」につながります。
 こうした菅のアイデアは、政策として必要な、必要だから支払うという発想ではなく、財務省の、必要があっても財政規律があるから、財源が確保できるまで支払わないといった硬直した姿勢を反映したものです。そこには、経済に与える打撃は全く考慮されません。なぜなら、日本経済がどうなろうとも、被災民がどれだけ死のうと、被災民がどれだけ苦労しようと、財務省内の不文律である財政規律さえ守られれれば、財務省の役人としての本分は保たれると彼らが考えるためです。そして、菅は、彼らの意見が正しいと判断しているし、今後もそう判断する。この予測は、現状を見る限り正しい見方だと思います。
 歴史を顧みると、日本の高度成長が、朝鮮戦争ベトナム戦争といったアメリカの大消費によって支えられ、飛躍する為の最初一撃を与えられた。このように、今回も、菅政権は東北という国内の被災民を捨てることによって、その他の人々の生き残りをもたらそうとしているように見えます。しかも今回は、国内の人々を犠牲にした勝利です。そして、これは適切な政策をとらないうえでの増税路線なのだから、未来に来るのは高度成長ではありえません。非常に高い確率によってもたらされるのは、国内経済の疲弊と失業率の増大であると考えます。
 このように考えると、今、菅を支える行為とは、こうした未来をもたらすものであると結論付けられます。

オルタナティブな未来
 かたや、国民新党新党日本が提案した、日銀引き受けの100兆円の無利子国債発行は、たとえ財務官僚が考えられないと批判したとしても、唯一、現在の経済にダメージを与えず、国全体に景気浮揚効果をもたらしながら被災地復興をなしうる政策だと考えます。今後予想される復興費用は、3年間でほぼ100兆円に上るという試算があります。
 そして、その政策を担うのは、財務官僚に籠絡された菅首相ではない。
 これに加えて、現在日本にある原発の全廃による、自然力エネルギーへの全面転換と、冒頭に最近引用している武田邦彦氏の、今回の福島原発事故対応の総責任者への任命が必要と考えます。
 以前の日記に書いたような「原子力帝国」の利益構造に関わった学者、官僚を、現在の有権者は全く信用していない。仮に信用していたとしても、数年後には、この放射能汚染による被害(=つまり癌による死者、特に子供の死者)が目に見えて表れるわけだから、その時、信用はゼロになるでしょう。
 つまり、未来を先取りして、武田氏による「考えうるすべての手を今打つ」必要があります。
 そして、いま国民は、東京電力による莫大な広告料金で二の足を踏んでいるマスコミを全く信用していない。だからこそ、原発を全廃してもやっていける日本を目指し、それによる不利益を分散型発電で補う方向への全面転換が求められるのだと思います。事実、企業は計画停電に備えて自家発電を始めた。神奈川は自然力エネルギーを求める新知事を生み出した。
 次の地震が来たらどの原発が事故を起こすかを、有権者は心配しています。それは原発神話が崩壊し、地震が来れば電力供給が途絶えることを有権者が知ってしまったのだから当然の反応です。こんな不安の中、未来の見えない状況に置かれるより、割り切った政策転換を図り、その未来に向けて国力を集中する方が、どれだけ日本の産業に未来に向けて明るい光をもたらすかは明白です。
 エイモリー・ロビンスが『ソフト・エネルギー・パス』を示し、日本国内で講演を行ったのは30年以上前でした。そのときは未来に起るべき原子力事故を批判する立場でした。しかし、それが今現実のものとなった。
 我々が取りうる未来とは、エイモリー・ロビンス氏による分散型自然力発電というソフト・エネルギー・パス政策=反原発であり、藻谷浩介氏に代表される社会政策と所得再分配による経済の浮揚という政策パック抜きにはあり得ないことが、明らかだと思います(藻谷氏に関しては依然の日記にまとめてありますから、右の検索で見てください)。
 武田邦彦氏の原発事故対策総責任者への任命と、藻谷浩介氏の不況対策総責任者への任命は、現状を打開する決定打となると思います。
 そしてそれをなしうるのは菅ではない。たぶん自民党でもないでしょう。だとしたら、菅を引きづりおろしたの後の、小沢首班指名しか道はないと考えます。

結論
 この期に及んで小沢アレルギーを表明する論者はいますが、彼らに代替案はあるのだろうか。もし代替案なしにアレルギーのみを強調するのなら、彼らは日本に住む市民の未来に対して責任を持つ資格はないと言わざるをえません。ちょっときつい言い方ですが、そのことを僕は強く主張したいいと思います。
 可能な未来に対する政治力学とは、物理法則のように様々なベクトルが作用して決まるものです。その中には、僕が批判する「小沢アレルギー」も、強い力として作用する。だから、未来は、僕の想う通りには進まないこともありうるでしょう。それは事実です。
 しかし、未来がどうあってほしいと思うかは別の問題です。我々が真剣にその未来を考えない限り、決して僕らの求める幸せな未来が来ないことも事実です。この点に関して我々は決して傍観者にはなりえない。なぜなら、未来は、我々に一様に影響を及ぼすからです。

東京都知事選挙でのお詫び

福島第一原発事故関係URL
武田邦彦(中部大学)ホームページ
http://takedanet.com/
都健康安全研究センター
都内の環境放射線測定結果 測定場所:東京都新宿区百人町
http://ftp.jaist.ac.jp/pub/emergency/monitoring.tokyo-eiken.go.jp/monitoring/
東京都ホームページ
http://www.metro.tokyo.jp/
ドイツ気象庁放射性物質拡散シミュレーション動画
http://www.dwd.de/wundk/spezial/Sonderbericht_loop.gif
同ホームページ(ブラウザの翻訳機能を使って読んでください)
http://www.dwd.de/
フランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)のシミュレーション動画
日本周辺での拡散
http://www.irsn.fr/FR/popup/Pages/animation_dispersion_rejets_17mars.aspx
世界への拡散
http://www.irsn.fr/FR/popup/Pages/irsn-meteo-france_19mars.aspx
まったくやる気が感じられない日本気象庁のページ(IAEAにやらされてる感ありありの、見ずらい放射性物質拡散に関する報告書)誰に向かって書いてんだ、アホ!
http://www.jma.go.jp/jma/kokusai/kokusai_eer.html
*東電への原発抗議デモに参加しよう。
民主党に菅即時退陣と小沢代表選出を求めるメールを出そう。

 私、今回の東京都知事選挙では、他に政治家としてまともな候補者がいないという理由で、小池あきら氏を推していたのですが、選挙結果を見ると、東国原候補に票を集中した方がよかったと思いました。
 この点、このページを見てくださった方々に、深くお詫び申し上げます。
 こうした反省も、すべて選挙結果見たから言えることなのですが、築地市場移転推進、新銀行東京存続の石原より、両者の白紙検討をマニフェストで言っている東国原のほうが、まだましと考えました。
 そして、日の丸・君が代の強制を続けようとする石原に対して、それうした政策を掲げない東国原の方がましです。
 青少年健全育成条例改悪を強行し、思想言論の自由を侵害した石原に対しても、東国原の方は、そうした方向性は打ち出していませんでした。
 初動の遅れで狂牛病の封じ込めに失敗した東国原の失政に関しても、東京に出張しすぎて宮城県議会自民党の土建行政を放置し、彼の就任以前よりもっと土建行政を進めた東国原の失政に関しても、自ら積極的に土建行政を進めた石原よりはましというべきでした。
 そして、なにより、東国原は、少なくとも差別主義者ではない。
 こうした点を考慮すれば、右翼の渡辺美樹に関しても、東国原の方がましなことは明らかでした。
 じつは、僕は小池あきらが勝つと思っていました。事実、結構善戦しています。
 でも、もし反石原の票を東国原に集めることができたら、12年にわたる石原の悪政を阻止することができた。このことが選挙結果を見て明らかになりました。
 この結果はある意味、予想できてしかるべきものでした。
 人柄を見たら、渡辺より東国原の方がいいし、民主との共同候補になっていない小池では、石原には勝てないことも予想できて当然でした。
 自分の政治的分析能力の限界を感じます。今後、より研鑽を深めて参りたいと思います。再度、お詫び申し上げます。
 次は外さないようにしたいと思います。なぜなら、これって、狂った老人に怒るすべての人々の総意だと思うからです。
 PS 前回、罵倒に関してまとめたわりには、つい今回も罵倒してしまったのですが、政治権力者の自らの責任を顧みない行動には、彼らが強大な権限を持っているだけに、僕らは罵倒してもいいと思ったりします。その他のことに関しては、僕は常に礼儀正しいに越したことはないと思っています。
 しかし、罵倒は建設的議論をストップさせることも事実です。この件も、もっと勉強を深めたいと思います。