日本は、もう一度負けるべきなのかもしれない

 畏兄田中さんによるブログ『世に倦む日日』(http://critic6.blog63.fc2.com/)の2010年9月27日の記事は「前原誠司による重大な国益損失 - 小沢内閣による収拾以外策なし」という見出しでした。日本は靖国からの戦犯分祀、国立追悼施設の建設、両陛下の南京訪問と謝罪行幸などの左カードを切って、その見返りとして尖閣諸島の領土権を確保し油田の権利を100%日本側にを取り戻せという内容でした。田中さんによれば、これは極論で、次善の策として、この事態を収拾できるのは小沢内閣しかないと、いつになく激しく主張されていました。
 また、現在の日本は清朝末期と同じであるという言葉が強く印象に残りました。
 こうした国家的危機に際して仙谷は危機感がなさすぎる。それは27日の朝日新聞を読んだ時に僕も思ったことです。何を言っているのかというと樽床議員の汚職をめぐる朝日新聞の記事です。つまり、いまだ仙谷は、ここまで権威が地に落ちた検察のリークを使って、小沢派の切り崩しを狙っている。
 田中さんはこのことに言及されていませんが、日本=清朝末期という指摘は、この記事のことも含んで書いているように僕には思えました。国の危機に迅速に対応するのではなく、仙谷は宮廷の権力闘争に血道をあげている。まるで清朝末期の政治と同じ状況があるからです。
 田中さんの憤激は事態の深刻さを示すものです。しかしネットとマスコミはどれだけこのことを認識しているのか疑問であるというのも田中さんの主張です。
 土曜日の『愛川欣也パックインジャーナル』で田岡さんが日本政府の対応の間違いについて、以下のように譬えて説明していました。
 日本政府は領海内に入った漁船を拿捕することは正当な行為であると主張する。つまり悪いのは相手で、こちらのしていることは合法的な行為であると言っている。しかし、第二次世界大戦当時の日本軍のベトナム進駐を思いだすべきであると説明しました。
 あの仏領インドシナへの進駐は昭和天皇ですら何度も軍に問い合わせた問題でした。「本当に大丈夫なのか?」と。しかし軍は、(フランスが当時ドイツに占領され親独政権ができていた関係で)「フランス政府は日本の進駐を認めています。つまり、合法的な行為であり、英米が文句をつけるのは理屈に合いません」と答えた。しかし、日本軍の進駐後、アメリカは即座に対日石油禁輸を通告し、これでは軍艦の石油が1、2年で枯渇すると考えた海軍は、短期決戦を目指して真珠湾攻撃に突っ走る。その後のことは誰もが歴史で知っているとおりです。
 つまり「合法的だから突っ張れる」と考えるのは国際政治を知らない、明らかな誤りだということです。
 この話をTVで聞いた時は上手い喩だとだけ思ったのですが、いまとなれば、本当は上手い喩であるだけでなく、事態は同じくらい深刻かつ緊迫しているのだということも含んでいたように思います。
 一番いい手は、漁船を追い払って、逮捕しない行動だったと思います。とういのは、領海はともかく、尖閣諸島近辺の漁船は、それぞれ自国で取り締まるというのがこれまでの慣行だったからです。
 しかし、実際には拿捕してしまった。しかし海上保安庁は13時間も態度を表明せずに官邸の判断を待った。それは逮捕をしたときの政治的影響を測りかねて、官邸に問い合わせていたからです(『日刊ゲンダイ』2010年9月28日情報)。そして官邸は逮捕に「GOサイン」を出したといった経緯をたどります。
 じつは84歳になる父親と、このへんの話を、僕もしていました。「悪いのは向こうじゃないか」というのが父の意見でした。でも、それじゃ済まなくなっているのが現状です。中国には核を撃たなくても日本を壊滅させる力がある(レアアースの禁輸など)。それは、田岡さんの譬えのとおりです。
 そして父親は言いました。「国境紛争になれば米軍が戦うだろう。」これは、あれだけ米軍基地で日本は迷惑を被っているのだから、それぐらいはするだろうという考えです。それとも、まだ朝鮮戦争当時のアメリカのイメージがあったのかもしれません。
 でもじつはこれすら疑わしい話です。
 それは台湾独立を目指した陳水扁に対するアメリカのいじめがあったからです。アメリカが親台湾であり反中共であるというのは、すでに過去の話です。実際にはアメリカは大陸中国と台湾が対立することを望まなかった。望まないだけでなく、ことごとく台湾独立派の陳をいじめ抜いた。そして現在の馬英九総統が誕生し、親大陸路線を突っ走ることになります。
 だから日本は米国の後ろ盾を期待できるとは限らないというのが僕の考えです。それは前原外務大臣が対談したヒラリー国務長官の発言にもよく表れています。
 しかも日米安保条約には国境問題は国内法に基づいて行う、つまり島嶼防衛は自衛隊の役割と明記している。
 ここまで父親に説明したら、父親はともかく戦争はよくないという意見になりました。何か年寄りをいじめているようで気がひけたのですが、「同じことはネットで書いているから」と説明して、なぐさめておきました。
 田中氏のブログにおける「極論」は、実はいいところを突いています。
 靖国南京大虐殺事件で右翼が突っ張っても、それで喜ぶのは中国における軍事強硬派や米国のネオコンだけであり、結局、日本の利益にはならないというのが、朝日新聞に掲載された『敗北を抱きしめて』で有名なジョン・ダワーの意見であり、僕が以前日記で要約して紹介したとおりです。
 田中氏もこの自身の「極論」ができないことを見越して、小沢内閣による事態の収拾しかないと提案しています。
 また別の角度から見ても、実際このような左カードを切るためには、それに対する見返りを交渉する力が必要です。その交渉力こそ、今の政府に一番欠けていることだと思われるからです。
 新聞は本当に迷走しています。これは政府の見解をそのまま書けば済むと思っているデスクの無能を如実に示すものです。最初は「逮捕は当然」と突っ張った記事を書き、中国が強硬姿勢に出ればうろたえる。こんなものは言論で報道でもなんでもありません。
 解決策があるとすれば、僕は田中氏の「極論」も「次善の策」も大賛成です。ただ、天皇を政治的に利用するより、首相が直接中国に行って謝った方がいいとは思いますが。
 他の解決策として、僕は国際司法裁判所への提訴を、中国政府に働きかけるのが一番なのではと思います。この提訴は両国政府が合意しなければできないということなので、日本政府はこれまで何度も中国に働きかけたけれど、中国政府が提訴を飲まなかったという経緯をたどっています。だから提訴すれば日本が勝つ可能性の高いものだといいます(田岡さんの説明)。
 本来尖閣諸島問題は台湾の漁船ともめていた問題で、中国がのりだしてきたのは、油田開発に関連した最近のことだということです。それに、中国がいう自分の領土だという根拠は、清朝時代に船で遠くから見たという領有を主張することはできない内容だということです。このあたりから日本政府の勝訴がほぼ確実な問題だといいます(これも田岡さん情報)。
 司法による解決でなく水面下の交渉でそうした圧力ができれば一番いいのですが、小沢さんならともかく菅にそれができるとは思えません。
 これを交渉カードとして中国と交渉するのはありだと思います。仮に尖閣諸島以外の、大陸棚問題で負けても、国境が画定されるということは、それ以上のメリットがあることだと思います。つまり、大義は立つのです。それに大陸棚を言い出したら日本自体が中国領ということになってしまいます。
 『レッドサン・ブラッククロス』じゃないけれど、この小説は日本が満洲から撤退した架空の世界を描いた小説です。植民地なんてなくても貿易で十分元が取れるわけです。
 北方領土だって2島返還でいい。国境の画定はそれ以上のメリットがある。つまり国境を画定し、経済交流したほうがよほど日本のメリットになると僕は考えます。
 もうひとつ気になるのは、この問題とは別ですが、北朝鮮からの脱北者を中国と北朝鮮が協力して強制送還していることです。この点は強力に抗議すべきです。人道的に明らかに問題がある。日本政府と韓国政府が金を出しても彼ら脱北者の人権を守るべきです。
 中国は仙谷の政策ミスを突いて領土問題を国際的にアピールした。この問題は国際司法裁判所カードで切り抜け、日本はやんわりと北朝鮮からの脱北者問題を国際的な世論に訴えて、中国の民主化を後押しすべきです。北朝鮮市民の人権だけでなく、中国の人権問題を改善する手段になるからです。これは長期的に見て、北朝鮮の軍事政権の弱体化による南北朝鮮の平和的統一と、中国の民主化という2つの成果をもたらすことのできる政策です。
 しかし、結論になりますが、今回の漁船逮捕をこじらせたのも、突然の釈放で中国政府をつけあがらせたのも仙谷の不手際です。彼が急激に外交上手になるとも思えません。つまり、本当の解決は菅にも仙谷にもできず、小沢内閣の誕生を待たなければならないと思います。
 仙谷がダメで、それゆえに菅もダメで、自民もダメなら、みんなの党もつまるところ小泉=竹中路線だから期待できないとすれば、小沢内閣に期待するしかない。しかし仙谷がこの調子だと、日本の崩壊が先か、小沢内閣の登場が先かのチキンレースの様相を呈してきたように、僕には思えます。
 ドイツは世界大戦で2回負けて、国が東西に分断されて、やっと現在の国際協調路線を取りました。それを見ると、日本ももう一度負けなければ、本当には現実がわからないのではないかという思いに駆られます。しかし、その時の日本の犠牲は、前回とも比べ物にならないくらいひどいものになるとも思います。
 清は戦争に負け、植民地化され、崩壊しました。中国人民の国としての回復は内戦を必要とした。日本はどうなるのでしょうか?