『環』2004年夏号「『帝国以後』特集」

 今やっと『環』2004年夏号の特集、『「帝国以後」と日本の選択』を読み終えた。

 これは、全384頁の雑誌の255頁を使った膨大なもので、トッドのインタビューと今年1月に行われた彼の本に関するシンポジウム、同書に関する日本の識者の感想、フランスで行われトッドやウォーラステインもパネリストとして参加したアメリカと欧州に関するシンポジウムと、アンリカ、イギリス、メキシコ、フランス、ドイツ、イタリア、ロシア、エジプト、中国、韓国、日本の各新聞・雑誌での同書の紹介文を再録した小特集で構成されている。

 今日は仕事をしながら、殺された香田さんを見殺しにし、その後なんの反省もなくシャーシャーとしている小泉の冷酷さを思い返して、はらわたの煮え繰り返る思いをしていた。まさに、生きたまま切断された香田さんの首をキャッチボールしながら、「俺たちに逆らうとこうなるのだ!」と談笑する小泉とブッシュを連想したのである。そして、ますます腹を立てる結果になった。本当に香田さんを殺したのは、この2人なのに、そう恫喝できる神経に対して。

 テロを非難する声はある。しかし、それなら、勝手ないちゃもんをつけ、高高度から爆撃し、多くの一般市民を殺したアメリカは、なぜ非難されないのか? そのうえ約束した民主的政府も、生活の安全も保障できないアメリカ政府は非難されないでいいのか? 反撃する有効な武器を持たない被抑圧者の最後の手段がテロとなる。だから、僕は一方的にテロを非難できない。

 ともかく、感情的に怒りを表明することは、それなりに重要だが、冷静な分析こそ他者の理解を得るうえで役に立つものだろう。最後の瞬間に「理屈じゃない」と感情的飛躍を行う佐伯啓思のような自由主義史観の連中とは、僕は違うのだから。

 その佐伯や西部遇といった右翼論者も登場した最初に書いた特集記事だったのだが、これは、『帝国以後』をその後の時事的な動きも踏まえて検討するうえで非常に役立つ特集だった。

 僕の感想を書くと、アメリカにいれあげる小泉日本政府は、イギリスと同様のジレンマを抱えている。国内の貧富の格差や差別主義的政策を世界に投影することによって、ますます世界に対して不安定要因化しているアメリカに従って、己の国を従属国として無とするのか、そのほかの国に組して自国民の福利を図るかの選択である。

 小泉の選択は、基本的にこれまでの保守政権のとってきた政権延命策に沿ったものだ。国民の意志を無視してもアメリカに従うことが結果として政権の延命の助けになるといった以前からある保守党の戦略である。それが、今や、イラクへの旅行者や派遣自衛隊員の命を捧げてでもアメリカに従う、という姿になっているにすぎない。

 しかし、こんなことがいつまでも続くはずもない。

 先日朝日新聞に興味深い記事があった。1998年当時10%と30%だった日本の対中国+香港、対米国輸出のシェアは2004年になってほぼ20%で並んだという記事だった(11月4日朝刊、9面)。

 僕は、今回の小泉の自衛隊イラク派遣やアメリカの戦争に対する支持は、お客さんへのサービスだと思っていた。しかし、その客観的基礎はすでに崩れ始めていたわけだ。

 (この記事を帰りの電車で読み直したら、この対中国、香港輸出のうち10パーセントは、中国香港経由で結局アメリカに輸出されているらしい。だから依然として対米輸出の比重は大きかったわけだ。まさにトッドの言う、ケインズ的な意味でアメリカは消費することによって世界の需要不足に抗して貢献しているわけである。しかしその資金を供給しているのも、同じ日本などのの輸出国だったりする。つまり金を渡して、買ってもらっているわけだ。

 しかしそれにしても、日本の輸出の70%はそのほかの地域向けであり、アメリカ以外の市場を探したり、内需を拡大したりする道は、戦後の日本経済の発展過程を見れば可能だと思う。)

 そこで、こう思った。拡大されたEUは、ますますアメリカから離れ、独自路線を進めていくだろう。共産党のなくなったロシアはそのパートナーとして統合される。そして、日本の近隣国である中国も、その利害関係からいってアメリカ支持には動かない。中国共産党も、いずれ、平和裏に複数政党の民主的選挙によって選出される政治形態に変化するだろう。それが、現在の中国共産党の主役である中国の資本家の利益にかなっているからだ。

 そのとき、北朝鮮は崩壊し、ドイツ型の統合である、韓国による吸収合併が行われているはずである。台湾はその資本力で、大陸中国と良好な関係を保つはずだし、そもそも、そうした未来の時点では、民主化された大陸中国と台湾が争う理由はなくなっている。

 そのときに出現する世界とは何か? 欧州、ロシア、中国が協力した世界政府の樹立だろう。ASEANやインド、中東も協力するだろう。アフリカもその欧州との距離ゆえに協力せざるを得ない。

 そのとき、世界から不用になったアメリカのみが、南米に目を光らせながら、今より国力において劣った国家として、世界政府に対立することになるだろう。

 これは遅い早いの違いがあるにしても、不可避の動きといえる。あと、10年20年のうちに実現される話だ。その世界政府統合のスローガンは、民主主義と社会福祉である。そして、これはどちらも、今のアメリカが持っていないものだし、これからも持ちえないものだ。それゆえ現在のアメリカは、世界に対して「狂人戦略」しかとりえないのでもある。狂人戦略とは、狂人のように何をするかわからないぞ、と世界に対して脅しをかける戦略のことである。それに従う国の政府も、狂人のようになってしまうゆえんである。

 どちらの選択肢が、日本の住民にとって幸せかは、問うまでもないだろう。