マイクル・ムアコック、井辻朱美訳『真珠の砦』

「きみらは<混沌>を恐れているのか」
「理性ある人間ならみなそうだ。<混沌>に仕える者の夢を、私は恐れるね」アルナック・クレブは目を転じて、砂漠のほうを眺めやった。「エルワーと、それからあなたがたが<地図にない東方>と呼ぶあの地方には、総じて単純素朴な民が住んでいる。メルニボネの影響もさほど強くない。むろん<溜息の砂漠>でもそうだが」
「では、きみらが恐れているのはわたしの種族か」
「<混沌>に身を売り渡した種族ならすべてだ。そうした種族は、超自然界の最も強大なやつらと手を結ぶことになる。そう、<混沌の公爵ども>、<剣の支配者>みずからとだ! そんな契約は、まっとうとも正気とも思えぬ。わたしは<混沌>も否定する」
「では<法>のしもべか」
「わたしはわたしのしもべだ。つまり<天秤>の。人間はみずから生き、人をも生かし、世界の多様性を楽しむべきだ」
「うらやましい理想をお持ちだな、アルナックどの。わたしも賛成したいのだが、信じてはもらえないだろう」
「いや、信じるとも、エルリックどの。わたしはいろいろな夢に首をつっこみ、あなたの夢もいくつか見た。ほかの次元では、夢は現実、現実は夢というわけだ」夢盗人は白子に共感の視線を投げた。

  ――マイクル・ムアコック井辻朱美訳『真珠の砦』エルリック・サーガ7(ハヤカワ文庫・1990、ISBN:4150108838)92、93頁より

 自分自身が何を基準とすべきかを考えるとき「人間はみずから生き、人をも生かし、世界の多様性を楽しむべき」という言葉は示唆的なものと思えます。僕はこの方向で、いろいろな、複雑な状況を見て、判断を下していきたいと思っています。