郵政民営化法案の見方

 世の中には「自衛隊員が何人死のうと自分さえ安全ならかまわない」と考える人たちがいるらしい。僕はそんな人たちに何かを語ろうとも思わないし、そうした考え方は恥ずべきものだと思う。そして、自衛隊員、外交官、その現地人運転手といった日本人やその関係者だけでなく、アメリカ帝国主義による侵略と植民地化政策によって、これまでに殺され、現在も殺され続けている世界の犠牲者たちの命を軽んじる人たちに対しても同様に考える。

 さて、表題についてだが、この法案が参議院で否決されたので、もう書く必要はないのかと思っていたら、9月11日(日)に行われる衆議院選挙の争点にしようと与党である自民党公明党が目論んでいるらしい。なので、これについては、いまだ語る必要があると思い直した。
 一言でいえば、与党案による郵政民営化は不要である。むしろ、民営化によってもたらされる不利益のほうがはるかに大きいと思う。
 マイナス面としては、ATM使用料の有料化、簡易保険の申込み資格の厳格化によって保険に入れなくなる危険な職業につく労働者の切捨てなどが、すぐに思いつくことだ。かたやプラス面を考えてみても、郵政事業は現在黒字であり、緊急に民営化する財政的な必要は全くない。だからこれは、国鉄民営化とは全く次元の違う状況であるということである。そして、その国鉄ですら、JRへと民営化されたことによる安全基準の軽視によって悲惨な尼崎脱線事故を引き起こしたことからも想像がつくように、郵政事業が確実な業務運営による信頼ではなく、民間企業としての効率を優先し利益優先になったときのナショナル・サービス(すべての国民・利用者に対する安価で均一なサービス)としての公平性を、民営化後も確保できるのか疑問が残るからである。
 さて、そのような小泉の郵政民営化であるのだが、それでも小泉がここまでこだわる理由とは何んだろうか?
 それは、この4年と4か月の間彼によって着実に推進されてきた、小泉派議員による自民党の完全支配を最終的に確立するための最後のステップだからである。背景には、法案成立はもとより、否決による解散総選挙をも織り込んだ、このような小泉の自民党完全支配といった戦略があるように思える。
 そして、当初僕は、小泉派与党(政府郵政民営化案に賛成する自民+公明党議員)による単独過半数獲得は不可能だと思っていたので、これでやっと小泉の命運も尽きた、と喜んだのだが、先日届いた選挙情報サイトのメールによると、なんと、自民党支持率が初めて民主党を上回っているアンケート結果が書かれていたのだった。それで初めて自分の選挙結果に関する予想が覆される可能性もあることに気づき、愕然としたわけである。
 つまり、新聞やネット・ニュースの見出ししか読まない人々の間には、この間の参院での法案否決と衆院解散総選挙において、「小泉こそ正義」との皮相な見方が広がっていることを感じだのであった。そして、小泉がこれまでやってきたことを考えると、この選挙に勝った小泉は、さらに反民主主義的政策を繰り広げることが予想されるだけに、非常に危機感を持ったのだった。これは北朝鮮の政策みたいなものだから、右翼の人ですら黙ってはおれないはずである。
 「小泉=改革派」というイメージがある。しかし、これは全くの嘘である。小泉がこれまで行ってきたのは、橋本派を叩き潰して、自らの手で自民党を単独支配するための行動でしかない。
 かつて保守本流と呼ばれた橋本派は高度経済成長期の日本を支えてきた自民党内最大の派閥だった。しかし、それゆえ産業界との癒着が発生し、低成長、経済停滞期に入るとパイが増えないぶんだけ余計に腐敗ぶりが目立つようになった。そこに目をつけた森派の小泉は彼らをたたくことをもって、自民党を変えると称した。
 考えてもみよ、これまでロック・ソングをBGMに選挙CMを打った政党は一つもなかったのだ。有権者が期待を持つのも当然である。そして、政権が発足すれば、警察の不法捜査まで使った反小泉派に対する弾圧が始まった。もともと腐敗している橋本派だから、これに対して国民は完全に小泉を支持した。道路公団の民営化、郵政の民営化もこのラインの上にあると考えるべきである。
 ただ、ここに大きな罠があった。橋本派の腐敗を断つのなら、政治資金の完全公開や違反者への罰則の強化、天下りの全面禁止などを行えば、すぐにけりがつくことだった。しかし、小泉はそうしたことをしない。なぜか? それは、これまで保守本流によって傍流に押しやられていた森派+小泉系議員が橋本派崩壊後に、彼らの利権をそのまま奪い取り独占するためには、これらの政策は障害になるからである。それこそが小泉が改革と称しながら、実際に行ってきた偽善的政策の内実である。
 そして、単に橋本派が崩壊し、小泉派がその癒着構造を引き継ぐのならそれは、現状維持だからそれほど問題ではない。それ以上に問題なのは、小泉たちが傍流であったとき、利権がない彼らは、防衛政策におけるタカ派ぶりを発揮することによって、自らの存在意義を示すしかなかった。それが、現在のような小泉系議員による自民党完全支配が確立したために、全自民党の主張となったことである。
 日本の高度成長を支えた、世界の情勢に対する現実主義はなりをひそめ、いまや自民党は、まるで戦前のようなタカ派思想のオンパレードになった。小林よしのりが空虚な自分自身の「心のすきま」を埋めるため、国家や、国家神道の復活を画策するのも、そうした政治的背景に後押しされてのことであろう。こうした世界の現実から目をつぶる政策が、すぐに外交政策にむすびつくのはボーダーレス化した現代にとってはあたりまえである。常任理事国入りを軽く拒否され、6カ国協議も進まず、中台韓の良識ある市民の反発を買う。親日だったアラブ諸国の市民が、ひよっとして日本は帝国主義国家の一員なのでは?と考える。
 軍事力を使えないがゆえに、市民による(文字通りの意味で)井戸掘りによって築いてきた日本に対する信頼を、こうして短期間に切り崩すことに小泉は成功したわけである。
 そして、あろうことか、小泉は憲法を改悪し、アメリカのために自衛隊員の命まで差し出そうとしている。その理由は、国益ではなく、自分の政権の維持のためである。
 与党議員のスキャンダル取材を禁止しマスコミを封じる人権保護法案、市民的な自由な議論を封じるための、実行に至らない議論段階での逮捕を可能とする法案は、今回の解散で中断したが、もし小泉が勝ったらならすぐにでも成立を図るものだろう。だって、民主主義でなくとも、自分たちの政権が維持できるのなら、どんな冷酷なこともするのが小泉だからだ。
 これこそが、今回の総選挙の最大の争点であり、最大のテーマとなるべき問題である。

 現在の衆議院における小泉派議員は過半数+6人であるという。これが過半数を割り込んだら小泉は退陣するという。どうやって小泉派自民党公明党の7人を叩き落すかによって、日本の未来が決まるといっていいだろう。